場所
大野城市乙金地区
分類No.
歴-0029し

覇を競う三国時代の土器

7世紀の朝鮮半島は高句麗(こうくり)・百濟(くだら)・新羅(しらぎ)が覇(は)を競う三国時代で、これら三国のうち新羅で作られた土器を新羅土器と呼びます。7世紀代ではヘラやスタンプにより三角文や円分で土器を飾ることが特徴です。

市内では乙金地区の王城山古墳群、善一田古墳群、唐山古墳群で出土し、日本で最も新羅土器が集中する地域の一つです。
なお、乙金地区に近接する大野城跡は、『日本書紀』には665年に百済高官の指揮により築造した、と記されています。大野城のお膝元にある乙金地区で新羅土器が集中する背景は未解明であるが、非常に興味深いとこです。